2019/05/29

Denial of Landing and Deportation of Foreign National in Japanese Immigration Law 入管法に記載された外国人の上陸拒否・退去強制

出入国及び難民認定法の英語訳は、日本法令外国語訳データベースから読むことができます。
日本語に英語併記で多少は分かりやすいです。

You can read the Immigration Control and Refugee Recognition Act(which is Japanese Immigration Law) in Japanese Law Translation..
It is quite difficult to understand but it is helpful.

上陸拒否については第5条、退去強制については24条に書いてあります。
第5条、第24条を抜粋したPDFです。

Article 5 is about Denial of Landing of Foreign National.
Article 24 is about Deportation.
Here's the PDF with English subtitles.

2019/05/27

留置場、拘置所の外国人

留置場と拘置所の面会、差し入れ等について知っていることを書きます。
外国人の友人知人が勾留された方の参考になれば。そんな人いないかな。

留置場(警察署内)

《面会》
電話予約制(8:30~)
面会時間は9:30~16:30くらいまで
15分間
面会室が少ない(たぶん1つ)ので混むときもある
身分証を持参
外国語での面会は基本的に不可(私は日本人なので訳すことを警察官に相談)
外国人同士の面会は難しいように思います

《差し入れNG》
写真(室内に持ち込み不可・面会時に見せた)
ジッパーやフードのついた服
食べ物すべて

《差し入れOK・私が差し入れたもの》
現金
手紙(日本語併記の英語の手紙・警察官と相談)
靴下
トランクス
日本語学習の教科書(CDの入っている袋ごとを切り取る)
写真集
差し入れ時印鑑か拇印


拘置所(東京拘置所)

《面会》
予約なし
受付は8:30~11:30/12:30~16:00
15分間
身分証は見せなかった
外国語OK

《差し入れNG》
手紙(郵送のみ)
食べ物すべて

《差し入れOK・私が差し入れたもの》
現金
フェイスタオル
差し入れ時印鑑か拇印

両全会(拘置所内売店)の商品を買っている人も多かった・少し割高
ブランケットやトレーナー、外国語の書籍たくさん持っていけばよかったです


成田空港の出入国在留管理局

収容所の所在地
千葉県成田市三里塚御料牧場1-2 NAA第2ビル
面会時間 9:00~12:00 13:00~16:00
最寄り駅 柴山千代田駅
面会希望者は身分証持参
収容されている人の外部との連絡手段はテレカ
電話で聞いただけです


外国人が逮捕され上陸拒否になるまで

事件発生から退去強制までを時系列で書いておきます。
  1. 犯罪を犯す
  2. 任意同行
  3. 逮捕、留置場に勾留開始
  4. 取調べが始まる、本国の大使館職員と面会、国選弁護人・通訳と面会
  5. (逮捕から3日目以降)友人知人と面会可能になる
  6. (逮捕から10日目)勾留延長
  7. (逮捕から20日目)勾留満期の日起訴
  8. (起訴から1~10日位)拘置所へ移送
  9. (起訴から約1ヶ月後)第一回公判(審理)
  10. (第一回公判から約1週間後)判決公判
  11. 出国時退去強制手続き開始
  12. (自費出国するまで/1日~)収容
  13. 退去強制
  14. 「好ましからざる外国人」として無期限入国拒否
有罪判決を受けたことで退去強制事由に該当した外国人は一生涯入国拒否事由に該当します。入国拒否事由に該当した外国人がふたたび入国するには、「上陸許可の特例」の通知書を得なければ入国できません。
「上陸許可の特例」を得るのは簡単なことではなさそうです。

LCCが普及して国外への移動も安く簡単になり、外国を旅行する、外国で暮らすことなど難しいことではなくなりました。
でもその国で生まれ国籍をもつ人と在留資格を得て暮らしている外国人が決定的に違うのは、その国の人にはそこに住む当然の権利がある、外国人にはそれがない、ということです。
法務大臣から在留を許可されて暮らしている以上、その国に住む人とは違うのだと頭の片隅に必ず持って日本での生活を楽しんでほしいです。

私彼に言いました。
日本を忘れて。
勾留生活忘れるな。

2019/05/22

30 窃盗を犯した外国人、釈放後のその後

執行猶予付きの有罪判決を受けて釈放された彼がその後どうなったか、お知らせしなくてはいけません。
その後1月ほど日本に滞在。モスクワ経由で本国に帰国する航空券を買いました。

出国する際、入国管理局(出入国在留管理庁)に止められ、
有罪判決を受けた外国人は「退去強制事由に該当」とのことで「退去強制手続き」が始まりました。


その日、入管から私へ電話、知らない番号だったので出ませんでした。
彼が通院していた病院からの電話で事態を知りました。
私が入管へ電話したときには、彼の持っているお金(日本円少しとユーロ)で支払い可能な航空券を見つけることができ、自費出国となりました、との話でした。

彼から連絡なく、いつ、どこを経由し、本国のどの空港に降り立ったか分からず、再び入管へ電話すると

  • 退去強制手続きが済んでその日のうちに出国はないと思う
  • 収容されているなら面会はできる
  • 自費出国の手配ができているなら明日面会に来てもそこにはいない
  • いない=他のところに行ったのではない=出国
  • どこのだれがいるか等電話では答えにくい
  • テレカを買えば連絡ができる

でした。
翌日、おろおろしながら待っていたら16時頃彼から「今ソウルに着いた」と連絡がありました。
仁川空港でフリーシャワーを浴びて救われ、所持金もほぼなし、乗り継ぎ時間が20時間くらいあって空港泊。翌12時の便で帰国の途に着きました。
パスポートのコピーのみ持ち、本国の空港でパスポートを返されました。
彼、本国の空港でまたチェックされるのでは、入国拒否されるのでは、と怖がっていました。
それで空港からの列車も予約しないでいました。

日本時間夜中3時、今レストランでごはん食べてる、と連絡があり、今の僕には1ドルさえ大金、と言って、あと1時間待つと列車が安いので待ってると。
判決が出るまで約2ヶ月間勾留され、晴れて執行猶予がついて釈放されても、出国時退去強制、収容所に1日収容、空港で野宿、すっからかんになって帰国。

入管法や解説サイト、本を読み知りえた情報は(間違ってるかもです)
  • 有罪判決を受けた外国人(執行猶予もです)は「退去強制事由」に該当
  • 「刑罰法令違反者」は無期限の「上陸拒否事由」に該当
  • 「上陸拒否事由」に該当しても、「上陸拒否の特例」があり特別な事情を認めてもらえて在留資格認定証明書を交付された外国人であれば、上陸拒否しない

彼は刑罰とともに、非常に重い行政処分をかせられることになりました。
窃盗といういちばん身近な犯罪でも、起訴されると、その後在留資格を得ることが難しくなり、その後二度と日本に入国できなくもなります。

日本人と同じように刑事事件の被告人として裁かれると同時に、外国人として「退去強制」という自分の力ではもう変えることができない強い権限で行政処分されるので、犯罪を犯さないことはもちろん、犯しても罪を認め、起訴されないようにするしかないです。

不起訴になれば、前科もつかないです。
起訴されると、前科がつき、執行猶予でも、退去強制です。

私が残念でおどろいていることは、彼の窃盗事件に関わった誰も、刑事、警察官、検察官、大使館、入管、弁護人、裁判長、誰も、そのことを教えてくれなかったことです。

お読みいただきありがとうございました。

29 懲役1年6ヶ月に処する ただしその刑の執行を3年間猶予する

逮捕から59日。

判決の出る日。

今日は心理的に余裕があったので他にどんな裁判があるか1階の開廷表(タブレット)で検索した。
今日の全刑事事件は21件。
窃盗、詐欺、大麻(一番多い)、建造物侵入などが多かった。

彼の裁判は10時半から。
10時から10時20分までは同じ裁判長で大麻取締法違反、関税法違反の判決裁判が行われていた。
その人のお母さんらしき人と弁護人がなにやらしゃべりながら出て行った。
法廷に入ると、前回の半分の広さだった。主に短くて済む裁判で使っているようだ。
始まる前、弁護人の○○さんが帽子とコートを傍聴席に置き去った。
書記官がすかさず「先生大丈夫ですか。盗まれちゃいますよ」と言った。
これから窃盗の判決裁判が始まるのに。
判決を読み上げるだけの公判でも傍聴席に数名が入ってきた。

開廷。
裁判長がゆっくりと話し始めた。

懲役1年6ヶ月に処する。ただしその刑の執行を3年間猶予する。

被害者にすべて還付していること、贖罪寄付をしたこと、本国で犯罪の前歴がないことを鑑みて。
裁判費用、弁護士費用は被告人の負担としない。
等と読み上げ、同時通訳。
執行猶予の説明をするとき、通訳士が原稿から顔を上げて言い聞かせるようにして読んだ。

彼が立ち去るとき、弁護人○○さんにどうもありがとうございました、と日本語で言った。

法廷から廊下に出ると弁護人○○さんが「迎えに行くでしょ?だいたい何時頃になるか聞きに行きましょう」と言って地下の拘置所詰め所に連れて行ってくれた。
詰め所は拘置所、警察署と分かれているようだ。
裁判所は古めかしいけど、地下はデパートの地下駐車場のような雰囲気でもっと古めかしく、あちこち錆びていた。
○○さんに、彼が、何回も(接見に)来てくれたし、いい仕事をしてくれたと言ってました、と伝えたら、ははと笑って、「ありがと」と言った。
「いい仕事」が可笑しかったのかもしれない。


《拘置所出向かえ》
裁判が10時30分だった。
裁判所詰め所にいた刑務官の話では昼ごはんを裁判所内で食べ、昼過ぎに拘置所へ護送、その後、荷物をチェック、まとめるのに1時間くらいかかるので、14時くらいではないか、とのことだった。

拘置所の面会受付の刑務官に
「今日判決が出て、迎えに来たけどどうすればいいか」聞くと
「こっちから出てくるから」と面会者の出入り口から出てくると言われ、ソファーでしばらく待っていた。
受付のソファーはいつもと同じで寒かった。

彼が出てきた。一緒に小菅駅から帰りました。おわり。

28 拘置所を出ると小菅という駅があって

逮捕から55日。

判決の後、彼が釈放されたら、私が泊まっているホステルに来てもらおうと考え、予約しておくことにした。
正直、何時頃釈放されるのか(そもそも釈放されるのか?)も分からなかったため、頭がガンガンするほど考え込んだ。安心したかった。

拘置所での面会。
セキュリティーに、話す内容をメモしたノートを持ち込んでいいか聞いたらOKだった。
面会室は灰色でひんやりしている。
「○番にどうぞー」と言われて面会者が先に入る。
彼が小窓から私を覗いて確認してから入ってくる。

今日は大事な連絡をしに来たぞ。
「判決の後○○○に来れる?」と聞くと、彼の顔が真剣になった。

拘置所を出ると小菅という駅があってな・・・と説明。
小菅駅は歩いて7分くらいですごく小さい。
駅に行くと東武鉄道のフリーWIFIがあるから(接続確認済み)
それを使って私に連絡を。(彼のSIMは期限が切れている)
もし連絡がつかなかったらホステルの名前は○○○!そこで会おう。
覚えて!

2019/05/21

27 「ベスト尽くしたね」「そうだった?」

逮捕から54日。

公判の翌日また東京拘置所で面会した。
巨大な要塞のような東京拘置所も一度来ればなんてことのない場所だ。

拘置所は寒い。
面会室は2.5畳くらいでひんやりとしてる。留置場と同じように透明なアクリル板で仕切られているけど、下の方が穴の開いた金属の板。
面会室は前回は2名の刑務官(?)が同席したが今回は1名。机の上で何かカリカリと書いている。
留置係の警察官と違い、ほとんど言葉を交わすことがない。

「ベスト尽くしたね」というと「そうだった?」と。
昨日の裁判、彼がマジメに取り組んで正直に話したのがうれしかった。
弁護人◯◯さんにお礼言ってね、と言うと 話す機会あるなら言いたい、と。

どれだけ愚かなことしたか、2ヶ月間の留置場・拘置所生活で嫌と言うほどわかったはず。 ここでの生活忘れるな。

2019/05/19

26 外国籍被告人の窃盗裁判傍聴記

裁判官入廷。起立、礼。

通訳選定。
通訳は知的な年配の女性。被告人インカム装着。マイクテスト。書記官がマイク直す。

人定質問。
被告人が名前、本籍、生年月日、職業などを答える。
※被告人は母国語で話す、すべて通訳を介している。

検察官、起訴状朗読。
「リュックから100米ドル、50UAEディルハム、充電器、旅券、パスポート、ジーンズ、Tシャツ他9050円相当を盗んだ」
※朗読するところはあらかじめ準備した原稿を読んで、同時通訳している。とても速い。

裁判長、黙秘権告知。

裁判長:「事件の内容はそうですか。間違っていますか」
被告人:「合っています」
弁護士:「そのとおりです」

検察官、冒頭陳述。
○月○日被告人は午前9:30頃ホステルロビー階にて盗みをはたらき、2階トイレにそのリュックサックを持ち去り、ポケットからお金(100ドル、50ディルハム)他使えそうなものを抜いた。他被害者の私物が2階避難はしご入れから見つかった。

証拠調べ。

検察官が裁判所に提出した書類等の説明。
被害者は兄とともに同ホステルに滞在。午前9時40分頃ロビー階にリュックサックを置き忘れたことに気付き取りに戻るが、なくなっていた。
被害届。
ホステル写真などの証拠。
犯行時の服装はニット帽、めがね、パーカー。
防犯カメラの映像。
ホステル支配人による部屋の利用状況を報告。
2万円の贖罪寄付の報告。

「犯行時にニット帽」と聞くと、窃盗するためにかぶった感じ。彼は普段からニット帽。

弁護人が贖罪寄付をしたことの説明。
弁護人から被告人質問。

弁護人:「リュックがあったので盗もうと思いましたか。リュックを見て盗もうと思いましたか。盗むことを計画していましたか」
被告人:「意図していません。偶然でした」
弁護人:「動機は?」
被告人:「好奇心からです」
弁護人:「思わず盗んだ?」
被告人:「とっさに、偶然にです」
弁護人:「外国の紙幣がありましたが使い込みましたか」
被告人:「利用していません」

裁判長:「(弁護人に)短文で聞いてください」

裁判長が弁護士に短く、区切って、と。なごやかな感じ。

弁護人:「贖罪寄付をなぜしましたか」
被告人:「申し訳ないと思ったからです」
弁護人:「前歴はありますか」
被告人:「日本でも自分の国でもありません」
弁護人:「英語教育の資格を持っていますか」
被告人:「○○○(聴き取れない)があります」
通訳士:「何か分かりませんけど○○○(聴き取れない)があります」

たぶん資格名の頭文字。「何か分かりませんけど」は通訳士の意見かと。

弁護人:「この後日本にとどまって仕事をするか本国に帰るかどうしますか」
被告人:「◯月末に帰国する旅券を持っています」
弁護人:「◯月まで日本で何をするんですか」
被告人:「働きたいと思っています」
弁護人:「帰国した後はどうしますか」
被告人:「電機技師として働きます」
弁護人:「勾留中何を考えていましたか」
被告人:「自問自答していました。お金がほしかったわけじゃない」
通訳士:(何度もうなづきながら訳す)
弁護人:「今はどんな気持ちですか」
被告人:「反省しています」

裁判は一切の無駄がなく進んでいった。

検察官から被告人質問。

検察官:「旅行で来ていますか」
被告人:「ミュンヘンでビザを取りました」
検察官:「盗まれたらどんな気持ちか分かりますか」
被告人:「私もカメラを盗まれたことがあるので分かります」
検察官:「それならどーして!やったんですか」
通訳士:「…文章になってない…」

たたみかけるように「どーして!」その返答が聞き取りずらそうな通訳士。
あとで彼に聞くと、地元の言葉(方言のようなもの?)でしゃべった、と。

検察官:「取り調べ受けましたね。犯人だと否定したことはなかったですか」
被告人:「3回あります。拒否権があったからです」
検察官:「なぜ認める方に変わったんですか」
被告人:「留置場にいるのはよくないと思ったからです」
検察官:「最初から認めなかったんですか」
被告人:「はい」
検察官:「◯月まで日本にいるんですね」
被告人:「◯月末までいます」
検察官:「どこに泊まるんですか」
被告人:「まだ決めていません。ホステル(簡易宿泊所)です」
検察官:「(○○(犯行現場の)ホステルに戻りますか」
被告人:「ホステルに謝罪したいですが戻らないです」
検察官:「頼れる人はいるんですか」
被告人:「います」
検察官:「今日来ているんですか」
被告人:「はい」

私の方を見たから私もうなづいた。

通訳士:「はっきり話して…」

もともと声が小さい彼がもっと小声でしゃべる上、少し距離があり、地元の言葉でしゃべったりするので聞き取りにくそうな通訳士。
外国人の裁判において、通訳はとても責任の重い仕事と感じる。

検察官:「仕事は何をするんですか」
被告人:「レストランとか」

ここはさっき弁護人から聞かれた、英語教師ではないのか!?

検察官:「就労ビザはありますか」
被告人:「あります」
検察官:「ビザ、確認してくださいよ」
被告人:「日本で働く証明書あります」
検察官:「また日本に来ますか」
被告人:「考えていません」

この時点で彼は刑務所送りを覚悟していたと思う。よりいっそう自信のない背中を見せる彼。

検察官:「被害者に対してどういう気持ちですか」
被告人:「個人的に謝りたい気持ちです」

また弁護人から。
弁護人:「英語の先生をしたい気持ちはありますか」
被告人:「あります」
まじめさをアピールする弁護人。

検察官、論告・求刑。
盗まれた品物は金額にすると2万円程度。
被害者は怖くて仕方がないと。
逮捕が早かったのは警察がすばやく検挙できたから。
贖罪寄付をしたが反省しているか疑問が残る。
1年6ヶ月を求刑します。

弁護人、最終弁論。
計画的な犯行でない。
盗まれた紙幣は計9050円程度と額も小さい。
被害者にすべて還付している。
反省し、2万円の贖罪寄付も行った。
前科がない。
英語教師の資格を有して働く意思もある。
現時点で2ヶ月間の勾留をされ、一定の処罰を受けている。

被告人、最終陳述。
申し訳ないと思っています、と再度。
私はドイツ語を勉強し始めていたので、彼が”Es tut mir leid(申し訳ありません)”と言ったのが分かった。

裁判長が判決公判の日程を弁護人、検察官、通訳士に確認して終了。
傍聴席はほぼ満席くらいに人がいたのでみんなでエレベーターに乗り込みほうぼうに散らばる。隣にいた人が、「好奇心ねえ」とつぶやいた。

25 第1回公判

逮捕から53日。

《公判当日》

霞ヶ関駅から地上へ上がると、「裁判官、あなたの目は節穴ですか」などと言う手書きの文言が見えた。
大きな段ボール紙に大きな字で書かれたそれは裁判所の柵に丁寧に結わえてあった。
あんまり見ないようにした。

セキュリティーゲートを通って荷物検査してもらい、ロビーへ入った。
ロビーは天井が高く、薄暗かった。
すぐに開廷表を見た。タブレットで「今日の刑事事件」をチェックすると数が多すぎた。「14:00~16:00」を追加すると彼の名前があった。やっぱりあるんだと思った。

第710号法廷刑事第4部新件○○○○裁判長平成31年刑(わ)第○○○号

メモをして一旦外に出た。時間がありあまっているから日比谷公園をブラブラした。
数日前に桜の開花宣言がされたから、お弁当をつつきながらお花見をしている人がいっぱいいた。
12月にここにクリスマスマーケットに来たときは夜で寒かった。
日比谷公園はそのときと全然違っていた。

皇居外苑までも歩き回り、1時間も前から裁判所のロビーに座っていた。
いろんな人がひっきりなしに出入りする。
弁護士はセキュリティーチェックなしらしい。

開廷10分前。7階の710号法廷前には私以外誰もいない。
罪状と被告人の名の書かれた紙が1枚張ってあった。
ドアについている小さい小窓を開けてみたけど何も見えなかった。
紫色のふろしきを持ったスーツ姿の男性が「検察官、弁護人用扉」から入って行った。
不安になって法廷のドアの前で待っていると、年齢も性別もさまざまな人たちがどこからともなく集まってきた。
ガラスの扉から弁護人の○○さんが見えた。頬がほころんだ。

「もう判決の日程決まりましたよ」
6日後だった。私は急いでメモし、昨日東京拘置所で面会したと伝えた。
「彼どんな様子でした?」
「落ち着いてました」
○○さんは悠長に構えているがけっこうせっかちで「まだ前のやってるんじゃない」などと言い、ドアを開けようとするなどしていた。
開廷中のランプがポンとついて、男の人(後で書記官と知る)がひょっこり顔を出した。
さあ、裁判が始まる。


《公判を終えて》
裁判は悪い雰囲気ではなかった。
もちろん、犯罪の内容は盗みをはたらき、役に立ちそうなものを抜き、それ以外を他の場所に放置するという酷い内容だけど、検察官は仕事上怒っているふりをしているような気がした。
傍聴席に、ミスタートランスレート(弁護人と接見に訪れていた通訳士)がいて、会釈した。

裁判傍聴記(ただ、やりとりをほぼ全部記載したので長い)もお読みいただけるとうれしいです。

2019/05/18

24 明日、裁判だよ

逮捕から52日。

初めて東京拘置所へ面会に。
朝8時半、電車の中でもみくちゃになった。小菅で降りたのは私以外に3人。
拘置所は巨大な要塞のよう。

ここには数々の凶悪な殺人事件を犯した死刑囚も暮らしている。
映画「冷たい熱帯魚」のモデルになった埼玉愛犬家連続殺人事件の女のほう(男のほうは獄中で死んだ)や秋葉原無差別殺傷事件の犯人が。
最近では浅原彰晃が処刑された。

私の祖父は苗穂で刑務官をしていた。
私が7歳のとき67歳で亡くなったが、祖母から官舎に住んでいた話を聞いたりした。官舎は長屋で隣の家と薄い壁でつながっていて、ボットン便所。
母からも、じいちゃんが受刑者を最期の場所へ連れて行くのは嫌な気分になるもんだ、と言っていたと聞いた記憶がある。
その話を思い出す度、私の頭に階段を上った先に何もない画が浮かぶ。

天気も悪いしどんよりした気持ち。

::

まだ受付前だったから、3~4人しか面会希望者がいない。
前の人の真似をする。
受付に「未決15分 既決20分 受刑者25分」の張り紙。

いる人の名前、自分の名前、住所、職業、関係、何しに来た(健康状態の確認)など記入した。
「英語で話したいです」
「英語ね」

待っている間に差し入れ窓口に行き、用紙を記入、フェイスタオルと現金5000円を差し入れた。
差し入れ窓口の横には両全会という売店があるが誰も買っている人はいなかった。
しばらくして番号を呼ばれ、セキュリティーゲートの前でロッカーにバッグを預けた。
円形の廊下をぐるぐる歩いてエレベーターに向かうと一体どこにいるのか分からなくなった。

彼は6階にいた。
外国籍の未決が留置されているフロアのようだ。
落ち着いていて、元気そうだった。
私物のセーターを着ていて、ひげがこんもり生えていた。

明日、裁判だよと教えてくれた。
目の前が開けた。今日来てよかった。
「弁護人、通訳士ともう打ち合わせをしたよ」と彼。
「そうなの?」
弁護人のことは○○san、通訳士のことは名前知らないから、ミスタートランスレートと呼んでいた。
彼が、ミスタートランスレート、と。なんかうれしかった。

「私の手紙届いた?」と言うと
彼がにこっと笑った。
写真と手紙はすぐ、漫画は昨日受け取ったらしい。
(ということは、本の検問は一週間くらい?)
漫画は半分くらい読んだ、と。おもしろいようだ。

彼、私に裁判の日程、法廷番号を伝えようと、手紙を書こうとしていた。
でもごめんね、私、あて先の住所教えていなかった。
実家に拘置所から手紙届くとマズいと思って郵便局の住所を書いた(返送あった場合局留めしようと)
彼が手紙書くと思わなくて!
「手紙の発信は毎週月曜日だけなんだよ」

明日、霞ヶ関に行くね、と伝えた。
明日、東京地裁に行く!

23 桜か、釈放か

逮捕から48日。

彼が起訴されてから1ヶ月が経った。
私は実家にいる。
内向きに暮らしている。
桜の開花が早いか、彼が釈放されるのが早いか。
私は彼のところに行く。

22 あなたをひとりにしないよ

逮捕から45日。

郵便局から配送完了の通知が来た。
ということは彼、拘置所に本当にいる。

「ひとりにしないよ」と言い続けてきたけど結果的にひとりにしてしまっていることが悲しい。
囚人でもないのに勾留されてるの悔しい。
でもそこでの生活は決して無駄ではない。

21 拘置所にレターパックライトを送る

逮捕から44日。

最後に面会をしてから19日が経った。
弁護人からは連絡がない。
裁判(公判日程)がいつかは分からない。

東京行きの飛行機を予約し、拘置所に手紙を出すことにした。

〒124-8565 東京都葛飾区小菅1丁目35-1A
○○様

「菅」の字を書き損じた。

レターパックには追跡がついている。
配達が完了したらメールが届くようにした。

入れたのは吾妻ひでおの漫画(独語版)、飼い犬と彼の写真、手紙。
外国語の本は検問にどのくらい時間がかかるか分からない。
法務省のHPを読むと拘置所への手紙は郵送のみらしいから、留置場みたいに面会時に持って行って渡すことはできない。
英語、日本語で短く書いた。

ぜんぶ彼の手元に届けばうれしい。ほんとに拘置所にいるのだろうか。

20 判決が出るその日を夢見ている

逮捕から39日。

彼に2週間会っていない。

東京はだんだん春めいて日差しが暖かかったがこちらはまだ冬だった。
一日がとても長い。
判決が出るその日を夢見ている。

今度弁護人に何か伝えたいことはあるか?と聞かれたら
「自分のしたことの責任を取ることを考えてみてください」と言いたい。

19 東京拘置所

逮捕から34日。

彼が警察署内の留置場から東京拘置所に身柄を移送された。
カルロス・ゴーン氏が変装して保釈されたのとすれ違いだ。

拘置所はどんなところだろう。

18 あんな彼初めて見ました

逮捕から31日。

この辺、書き溜めていたメモの日付と記録が曖昧…。

弁護人から、「通訳士の都合悪くなって、今日の接見行けなくなりました」と電話。
私は落胆した。
弁護人○○さんとの電話は報告だけでいつも30秒くらいで終わる。
慌てて、「彼、私の面会拒否したのでしばらく行かないです」と伝えた。
「そうですか」

::

私、「今日も面会、今日も面会」って書いていて読んでる人は何してる人?と疑問だと思うが私は無職。求職中の身。
毎日街を歩き回りながら頭の中のおしゃべりと格闘。
夜になると少し安心する。闇にまぎれればいいから。
ベッドの中でじっとして。
もう実家に帰るときだなと思った。

::

弁護人から電話。
「これから接見に行きますが何か伝えたいことはありますか」
「特にないです」
私、大きなターミナル駅にいて、いつものように徘徊していた。

その後すぐに弁護人から電話があった。
「金曜日の夜からおかしくなったらしくて、暑いと言って服を脱いだり。接見中も立ったまま。僕らと話しようとしないんです。あんな彼初めて見ました」
と弁護士。
「なんでそんなことするんです…」
「だからしばらく面会に行かないでください」
「はい、行きません」
「医者に診てもらいますからね」
どうしちゃったんだろう。彼は明日、拘置所に移送される。

2019/05/17

17 "No,Thank you."

逮捕から27日。起訴から7日。

弁護人にいつ頃来れるか催促の電話したせいか、
「明日通訳を伴って彼のところ行きますね」と電話があった。

いつものように面会をしようと留置管理課に電話をつないでもらうと、
「ノーセンキューって言っている」と警察官。
「本人が面会拒否している以上どうしようもない」
「分かりました」
毎日15分間顔合わせても、進歩があるわけじゃなくお互い苦しくなっていた。

16 保釈とか起訴後勾留とか

ちょうどその頃、俳優の新井浩文氏が逮捕され、マスコミが騒いでいた。
そのニュースをネットで追っていた。
彼の逮捕と一日違いだったから。
新井浩文が勾留満期なら彼も勾留満期。
起訴されたら、彼も起訴。
新井浩文が保釈金500万円を支払って保釈。彼はされない。

保釈について探せば探すほど外国人で資金もない彼には不可能だった。
弁護人から保釈の話が出るか、期待した。たぶん、いや絶対むりだった。

保釈請求できるのは、本人か家族、弁護人。
保釈の条件は、定められた住居があること。
資産状況に応じて保釈金の額が決まる。失うと相当痛い金額でないと意味がない。
デポジットのようなもので全額返金される。
逃げたりすると没収される。

その頃保釈関係でもうひとつ見逃せないニュースがあり、
日産元会長カルロス・ゴーン氏が逮捕後ずっと勾留され、それが人権問題ではないか、国連に人権侵害と申し立てるべき等と、海外の新聞記事などで話題にあがっているらしかった。(その後ゴーン氏は逮捕から108日目に10億円の保釈保証金を支払い保釈)

被疑者も被告人も判決が出るまでは「推定無罪」の人だ。
そんな言葉建前だ。
判決が出るまでの期間勾留されるのはすでに処罰を受けているようなものだ。
「裁きを受けるべきかそうでないか」判断する前にもう処罰を受けている。

::

逮捕から25日。起訴から5日。

  • いつかは分からないがたぶん二週間以内に
  • 東京拘置所に身柄を移される
  • そこで裁判が開かれるのを待つ

それしかわからないまま4回ほど重苦しい面会を続けた。
盗課の刑事に会ったことを彼に話した。
彼女は彼が起訴されたことを私に知らせようと電話をかけてきた。私はたまたま警察署にいた。
「押収した服を近いうちに返すって言っていたよ。それで刑事の仕事は終わりなんだって」
「近いうちっていつ?今日?」
「分からないけど近いうち。soon」

15 悪夢から覚めない

逮捕から22日、起訴から2日。

心配でたまらない。
夜全然眠れなかった。
朝起きたとき悪夢から覚めたのかと周りを見回してみたけど覚めてなかった。


14 "You cannot be released."

起きたことを淡々と書くつもりでいたのに、だんだん私の感情が出てきてすみません。

::

私は起訴されるわけがないとほとんど信じ込んでいた。
被害額は小額。
被害者はすでに盗まれたものを取り返し、国外に出ている。
贖罪寄付もした。
前科もない。
軽微な犯罪である、と。

朝9時。
「彼、起訴されました。面会へ行ってあげてください。私も近いうち通訳の方と行きますから」
弁護人の電話に呆然とした。
急いで留置場へ向かったが、こんな酷いことがあるだろうか、
起訴状が届くのがだいたい17時くらいだそうで、本人はおろか、留置係もまだ把握していなかったので、私から、起訴された、と本人に面と向かって言わなければいけなくなった・・・。

"You can not be released.”

13 起訴

逮捕から20日目。

今警察署にいる。
午前中弁護士の先生から電話があった。
彼、起訴された。

12 明日をどんなに待っていたか

逮捕されて19日。

昨日は地検へ行っていたそう。(面会なし)
取り調べは45分くらいだったと彼。
留置係の警察官が、緊急搬送したときに頭のCTを撮って異常なしだったので大丈夫だと思うが病院へ行った方がいい、と。
「13時から医師の健康診断があるんですが診てほしいところはあるか聞いてください」と若い警察官。
彼は横になってるから体が痛い、それ以外は特にない、と。
「特にないようです」
しばらく歩いていないから体力が心配。

明日、勾留満期。
逮捕されて以来、明日をどんなに待っていたか。
何がしかの通知(起訴通知書か釈放指示書)が前日に届く。それが今日だ。
と思ったら「明日は金曜日だから明日届きますね」と警察官。そうなのかー。

「昨日の地検で何話したの?」
「…申し訳ないと思ってる、と」
東京地検は日比谷公園の隣にある。
2人で行った日比谷公園のクリスマスマーケット。
たった数ヶ月前のことなのに遠い昔のことのよう。

2019/05/16

11 もしかしたら不起訴に

逮捕されて17日。

勾留の満期まであと3日。
弁護人と警察署ロビーで鉢合わせた。
「彼、事件の日相当酔っ払ってたみたいね」
私は返す言葉がない。
犯行時間は朝の9時半。なんで朝からそんなに酔っ払ってたんだろう。
弁護人、金曜日の夕方に贖罪寄付のお金を取りに来たとき、すでに留置場の金庫が閉まってお金を預かれなかったらしい。
盗まれた品の総額は1万円くらい。贖罪寄付の額は2万円だ。
もっと高額なものを盗んでいたらそれでは済まない。
「今日は通訳の方と一緒じゃないので接見しないで行きますね。彼に言っといてください」

今日も面会。
「お部屋はどのくらい?」
「3㎡くらい」
「何人くらいいるの?」
「数えたことないけど。だいたい僕ひとり」
昨夜は酒を飲んで留置されたような人がいたらしい。
「知ってる英語で話しかけてきたりするけど、大した会話はない」
他の人は1日くらいいてすぐ出て行くのだろう。
「ノートを買って日記をつけたら?」
「いらない」
「日付だけでも書け」
「いい」
(ノートは差し入れ不可。留置場で購入可。ペンは借りる)

手紙で励まし続けた。
贖罪寄付で、もしかしたら検察官が考慮して不起訴にしてくれるかもしれないよ。
反省の気持ち、謝罪の気持ちを表したら、出てこれるかもよ。
これまで犯罪犯したことないし被害者の人にぜんぶ返しているから。
弁護人と通訳士の話をよく聞くんだよ。

甘いものが食べたいというので、何か買えるのか警察官に聞いたら、土曜日にどら焼きが買えると言っていた。
(土曜日に注文し日曜日に受け取る。1つ100円)
土曜日か…。
しかもどら焼きか。何か洋風のお菓子はないのかな。(別のときにまた聞いたら「チョコレートワッフル」があると。それがいい)
金曜日が勾留満期なので、釈放されれば土曜日にはもうここにいないはずなんだ。
だから、弁護人にも釈放されたその日の晩の宿泊先だけでも確保したいと伝えていた。
私は釈放されると思っていた。

2019/05/15

10 検察官は鬼だろうか

逮捕されて16日。

金曜日に弁護人と通訳士が訪れ、彼は本当のことを話したようだ。
被害者はもう外国に行ってしまっていないから、代わりに償いとして法テラスにお金を寄付するらしい。
そのことを贖罪寄付(しょくざいきふ)と言うそうだ。

弁護人が留置場の金庫から彼のお金を預かり、贖罪寄付をし、その証明書を持って、検察官にお願いに行く。
それでもってなんとか起訴猶予になって釈放されてほしい。
検察官、お願いします。
検察官はどんな人なのだろうか。鬼だろうか。

彼は週末私と一緒に過ごせるのを楽しみにしていた。
でも何が起こるかわからないから待つ。
私が実家に帰ろうかなと言うとさびしそうだった。
一緒に来て、と言った。
一緒に来ないなら私はあなたについて行く、と言いたかったが言葉がでなかった。
彼といて完璧ではない英語で話すとき、言葉以外の言葉で伝えられることがいっぱいあった。ここでは謝罪や自白を言葉で伝えなければ何にもならない。

古本屋で吾妻ひでおのアルコール依存症の漫画「失踪日記」を買った。



この本はよい。
よし死のう、と言って山で首を吊ろうとするあづま。
アル中病棟にかつぎこまれる直前、公衆電話から「おかーさんさびしーよー」と言って電話するあづま。(おかーさんは奥さん)
ネットで必死に検索すると英語、仏語、独語の翻訳版があるようだ。
Amazon.ukで独語版を購入した。高かった。



2019/05/13

9 こんなところにいつまでもいるもんじゃないぞ

逮捕されて11日。

今日も面会。
毎朝8時に起きる。
お化粧する。
8時30分に警察署に電話する。
今日の状況を聞いて面会を申し込む。
朝食をとる。

早起きするの疲れてきた。
警察署の1階ロビーで毎回待つので人間観察をしている。
みんながきびきびと働いているのを何もしないで見ている。

::

私が昨日差し入れた写真集は差し入れ不可。
私が書き込みをしていたから。馬鹿だ。
ベテランの警察官が「残念なお知らせー」と言うから何事かとびっくりした。
ベテラン警察官はアドレナリン満タンでギラギラしている(ように見える)ので私の心臓に悪い。

強制的に酒を断てるので留置場暮らしも悪いことばかりではないと思いたい。
彼は顔色がよく、頭がすっきりしてきたように見えた。
彼が、弁護士の先生に話をしたいから呼んでほしいと言った。
「できるよー」と警察官。
私は希望をもった。

警察官が何百、何千回と言い続けているのだろう、
「こんなところにいつまでもいるもんじゃないぞ」と言った。

2019/05/12

8 本当のことを弁護士に話してよ

盗課の女性刑事に呼ばれ、事件当日の自分と彼の行動を話した。
調書を作成するらしい。
私も歩いているところが防犯カメラに映っている。
「防犯カメラの映像を見てもらうかもしれない」と聞かされていたが
「検事さんにまだ見せないでと言われました」とのことでなしになった。
ほっとした。
彼が犯罪を犯しているところを見るなんて嫌だ。
今度言われたら拒否したい。

刑事は綺麗な人だ。
まつ毛もネイルもサロンで手入れしている。
縦社会で男だらけの警察組織の中でがんばって生きているんだな、と勝手な想像をした。

私はこれまで警察とほぼ関わりなく暮らしてきた。
小さな窃盗事件にもこんなにやることがあるんだなと純粋に驚いていた。
証拠調べをしている横でなんとか不起訴(起訴猶予処分)になってほしいと思った。

その後は面会。
「起訴」Prosecution
「不起訴」Non-Prosecution
「検察官」Prosecutor
「釈放」release
専門用語を口頭で英語で伝えるのが難しいので手紙で書いてまた差し入れた。
私、発音を間違えていて、プロセクション、プロセクター、と言っていた。
(正しくはプロセキューション、プロセキューター。)

とにかく、本当のことを弁護士に話してよ。
裁判にかけられることになったら私はいなくなるから、と一旦書いたが消した。
彼は「弁護士は最近来ているのか?」と聞いてきた。
否認しているから来ないんじゃないか。呑気だなと思った。

2019/05/11

7 留置場のトメ

逮捕されて10日。

30代になると誕生日に特別なことはないけど今年はおめでとうの代わりに「勾留延長」「勾留延長」と言われた。
留置係の警察官、盗課の刑事、弁護人から。

勾留10日目は私の誕生日。
今日こそ出られるのかと思った。違った。

彼は他にやった奴がいたはずだ、と言い始めた。
私はずっと、全部防犯カメラに写ってるんだからね、と言い続けている。

面会では英語での会話を考慮してもらっているけど同席する留置係の警察官も交えて3人で話す。
留置係の警察官は「俺らは事件の内容は知らないんで」が口癖だ。
これから一般的にどういう経緯をたどるのか教えてくれたり、ここでの生活が少しでも快適になるよう(?こんなところでぐっすり眠れる奴はいない、と警察官)ごはん食に換えたけど大丈夫か?とか聞いてくれた。
食事のときに追加で100円で買えるジュース(曜日ごとに種類が決まっている、1種類ずつ、フルーツかヨーグルトかコーヒー系)があり、一日前に注文し翌日受け取る。
本は書き込みがある本や記入式の本はだめ。
外国語の本は辞書のようなもの(日本語併記)なら可。
写真集は可。
あと、留置場は暖房がよく効いている。

警察官が、「頭の縫ったところどう?」と。
近いうちに抜糸しに病院に行くのと、バンに乗って裁判所にも行くよ、と言った。
私がへたくそな英語で伝える。
英語、日本語を交互に話す、すばやく的確に訳すのは難しい。

彼はシャワーを浴びて久々にさっぱりしていた。
電気シェーバーの使用不可。ひげは伸び放題。
よく見ると、勾留されたときから着ていた灰色のスウェットの胸にマジックのかすれた字で「トメ」と書かれていた。
留置場のトメ?
フードやひも付きの服は留置場では禁止だから無駄な飾りが一切ない服というとこれしかない。
風呂場に鏡がなかった、と彼。自殺の道具になるものはすべてない。

2019/05/08

6 国選弁護人と通訳士

逮捕されて6日。

逮捕後すぐに国選弁護人がついたようだ。
国選弁護人は、その名のとおり私選弁護人を選べない人に代わり国が選出する弁護人。
留置係のベテラン警察官にその方に私の連絡先を渡してほしいと頼むとすぐに連絡が来た。
弁護人と通訳士に警察署でお会いした。緊張した。
2人とも初老の男性で弁護人は紳士、通訳士は学者のような雰囲気だった。

今日はスケジュールの都合で差し入れができないと思っていたが弁護人にお願いしようと思って、靴下とトランクスを持ってきた。
弁護人は、弁護士から下着の差し入れっていうのもねえ、と笑い、直接私から差し入れすることができた。

弁護人いわく、
「金額も少額で被害者ももう外国に帰っているし盗んだものもぜんぶ返しているので不起訴にしてもらうよう検事さんにお願いしてみますね」と。
だが、彼は本当のことを言っていないようだ。
言っていることが変わるんだよな、と通訳士。
否認していると弁護したくてもできない状況かと思い私も少し冷静になった。
弁護人と通訳士は熱心でとても感じがよく、頼もしかった。
唯一の頼みの綱だ。

夜になってベッドで考え込んだ。
警察官が言った、「彼お酒好きなの!?」。
好き・・・好きなのかな・・・好きどころじゃない・・・。
アルコール依存症の定義なんか分からないけど彼の飲み方はその気(け)があるのかなと思えてきた。
彼は人生が破滅しかけている人だ。
犯罪を犯したその場所は彼にとって居心地がよく心の拠り所だった。そんな大切な場所でそれを失うようなことをするなど考えられなかったが、アルコール依存症かも、と思って見てみると、それもありうると思えた。

2019/05/07

5 とても会わせられない

逮捕されて5日。

私は彼がしおらしく反省しているなどと思っていた。
2度目の面会をしに警察署へ訪れると、留置係のベテラン警察官が1階ロビーに下りてきて、首をぶるぶる振って「とてもじゃないけど会わせられない」と言った。
「毎日が事件、事件が日常」の年配ベテラン警察官の気迫にけおされそうになる。
今朝もこの警察官と電話で話したばかり。

昨日からの経過はこうだ。
昨夜ウイスキーをくれと言ったようで解毒させるため水をたくさん飲ませた。
危ないので医師も面会室のアクリル板越しに診察した。
彼の荷物にあった薬と同じ成分のものを処方するため、今大急ぎで取りに行っている。

::

パンやオレンジジュースなどが買えるのなら現金を差し入れたいと申し出て、現金3000円と手紙を差し入れた。
お菓子はだめだけど果物のジュースなどを食事に追加できる。私は彼が留置場の冷めた弁当(プラ容器に白いごはんとコロッケや卵焼き、たくあんなどのおかずの入った普通のお弁当)を食べられると思えなかったし、留置場には英語が話せる警察官が常駐しているわけではないので心配だった。
(警察官の言葉では、「英語の好きな奴にやらせてる」と。)

正直、面会できなくてほっとした。

手紙は英語の隣に日本語訳をつけて検問してもらい、割と簡単に差し入れができた。
ベテラン警察官が昨日言った言葉を書いた。
覚えていないのならそう話して。
お酒を飲んで酔っ払っていたのならそう話して。
暴れて自分を傷つけたらだめだよ。
やめないと留置場にもっといなきゃいけなくなるよ。
そう書いた。

「覚えていない」と「やっていない」は違うのだ。

分からないことだらけだからネットで「逮捕」「勾留」「留置場」等で検索して読み漁った。
どの記事も最終的には「弁護士事務所に電話する」で終わっていて信憑性はなかったけど。

勾留期限は勾留請求の日から10日間。
まだだめだったらもう10日間。

街を彷徨い歩いて彼の足に合いそうな靴下をサカゼンで買った。
サカゼンはお父さんが大きいサイズの服しか着れないので覗いたことがある。
彼の靴下は見たことのないサイズ表記で44。28~30cmのを買った。
トランクスはユニクロで買った。
土日は面会できない。今週末は3連休だから面会できない。
心配でたまらないけどできることもほとんどなくてやきもきした。

2019/05/06

4 留置場のアクリル板

逮捕後4日。

逮捕から72時間すぎても何の音沙汰もなかった。
勾留されたと思い、警察署に電話をかけた。
留置係の警察官に彼の苗字を告げると、誰からこの番号を聞いたかと聞かれた。
彼はここにいるようだ、今日は裁判所に行っている、と言われた。

留置場にいる被疑者に面会するには。
当日8時半すぎに警察署の留置管理課に電話をかけるとその日の状況を教えてもらえて面会可能か不可か分かる。
翌日(逮捕から4日目)再び警察署へ電話をすると9時半の面会受付開始と同時に面会ができるというので急いで警察署へ行った。
このところ急激に気温が下がって都内でも雪が降った。
凍えるように寒かった。

留置場は警察署の3階にあった。
身分証を見せてスマートフォンを鍵のかかるBOXに預けると面会室に通された。
面会室は2.5畳くらいの広さで丸い形にポツポつと穴が空いたアクリル板で仕切られていた。面会者側にパイプいすが3つ、そちら側にはパイプいすが2つあった。
少し前に、大阪の富田林署から逃走した人がいたけど、こんなところから勝手に出られると思えなかった。

面会には警察官が同席する。
開始直前、ずっと黙って立っていた年配の警察官が急に「昨日ね、暴れて頭打ったの。救急搬送されて頭縫ってネットしてるから」と言った。
びっくりした。

面会は警察官が分かる言葉=日本語で話すことが原則だが、私たちは日本語では話ができない。
ベテランの警察官に、私が聞きたいことは、取り調べに通訳はついているか、持病の薬は飲めているか、食事は大丈夫かの3つだと伝えた。
彼はあまり日本食が得意ではないので食事のことがとにかく気がかりだった。

通訳はついているよ、とベテラン警察官。
私物の薬を持ち込んで飲むことはできなくて医師が必要であれば処方するとのこと。
食事はごはん以外にパンも選べるとのこと。
(留置場の食事については後日いろいろ聞いた)
私の英語は流暢ではないが会話の内容を伝えると言い、警察官は「よし、それで行こう!」と言った。

::

彼は頭にネットをしていて、目が真っ赤だった。
灰色のスエットを着ていた。
落ち着かない様子でなかなか言葉が出ない。
彼が英語で字を書いた。ほとんど読めなかったが、”Am I a prisoner?(刑務所に入れられたのか)”だけ読めた。
”No.”

警察官が「今は真実を言うべきときで暴れるときではない。怪我をすると取り調べができないので勾留が長引くことになる」と言ったが、私も正確な翻訳などできずうまく伝えられなかった。
警察官が彼の手を握って背中をさすった。
あわあわしているうちに15分がすぎた。

2019/05/02

3 ガサ入れ

外国籍の彼氏が窃盗容疑で逮捕され判決が出るまでを綴っています。

::

逮捕当日。

私たちはホステルの男女共用のドミトリー部屋に泊まっていた。
ベッドが8台。シャワーとトイレが室内に2つずつあった。
その日同室の宿泊客は他にいなかった。

部屋のキーが施錠されるウィーンという音がして、彼の苗字を呼ぶ声が聴こえた。
何人もの足音がして飛び起き、ドミトリーのカーテンを少し開けて覗くと警察が彼のベッドを取り囲んでいた。
先日警察署で会った女性刑事が○○ですと言ったので、私はベッドの中から○○さん、と呼びかけた。
出てきてください、と言われたので、私は急いでめがねをかけフリースを羽織ってベッドから出た。彼も起きていた。
これはいわゆるガサ入れというやつだ。

部屋の中に刑事が3人くらいと通訳士、ホステルの支配人がいた。
刑事らは逮捕状を持っていて、彼のパスポートや洋服などを押収した。
防災グッズ保管庫から盗品と思しき誰かの私物が出てきた。
通訳士は警察関係者とは雰囲気の違う年配の女の人で、逮捕状を音読したと思う。そして一緒に行く準備をしてください、などと言ったはずだ。

これからすべての荷物を持って出て行く。
彼は何回もポケットに物を入れようとして、ポケットだめ、と日本語で言われていた。
通訳士は決まった文句しか訳さなかった。

先日車で一緒に来たがたいのいい刑事はまた咳をしていた。インフルエンザかもしれない。
彼は私と同郷らくなぜか、アパマンショップの爆発した近く?というどうでもいい世間話した。
「自殺しないですか」
「大丈夫」
最低限なら会話していいと言われたので、彼に、本当のことを話してよ、面会に行くよ、と言った。
「最初から本当のこと言ってる」

刑事らは彼がこれはゴミ、と言ったものまで持ち去った。
「あとで自分で分けさせるんで」
枕元についている照明をこれはホステルの備品か?と言って確認するほどだった。
なのに冷蔵庫の彼のハバネロソースは置いていった。

一番年長者っぽい刑事が、日本人じゃないから何するか分からない、と2回言った。
女性刑事は下を向いて、通訳の先生も緊張しているような顔をしていた。

女性刑事が「本人には1日時間を与えましたのでね」と言ったのでうなづいた。
彼は一度も私の方を見ずに出て行き、その後がたいのいい刑事が昨日HARIBOを取り出しただけでほとんど開いていない彼のバックパックとスーツハンガーに仕舞われているスーツなどをすべてかついでいった。

私はもう身元引受人じゃない。
外国人の場合逮捕後は入国管理局が身元引受人になるらしい。

2019/05/01

2 つかの間の静けさ

外国籍の彼氏が窃盗容疑で逮捕され判決が出るまでを綴っています。

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翌日、警察から要請があれば彼を連れて行くという内容にサインをしたから、
私は遠い実家に帰っていいものか分からなかった。

事情を知っているホステルの支配人に相談すると、あなたが行動を制限されることは何もない、警察に聞いてみては、と至極まっとうな返答をされた。
そうだ。
支配人は防犯カメラの映像を提供して警察に協力すると言った。
夜遅くに刑事から教えられた警察署の番号に電話をかけたが留守だった。

夕飯に2人でタイ料理を食べに行った。
タイ料理店はラオスの都市の名で、店主はラオス出身だと言っていた。「でも日本が好き、寒いのも平気」
彼は誰に何を返せと言うの、知らないと言う。みんな、自分がやったと思ってる。悲しい、と。
ホステルのスタッフや現れては消えていくほかの宿泊客ともいい関係を築いていたから残念だ。でも何もやっていないのに任意同行されるなんて絶対にない。

今夜は銭湯に行ったからシャワーを浴びない。
寝るとき彼がくすぐってきて、私はこれきらい、と言った。
彼が今日のドイツ語1フレーズを教えてくれた。(その頃毎日1フレーズ、やっていた)
彼が私のベッドに入ってきて長いキスをした後私は泣いた。