旅に出たいけど出れない思いを、「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」というヒロシの番組を見て発散させている。
コロナはもう始まってたけど、2020年の夏旅に出ていた頃のことを書く。
フィンランドはヘルシンキまでは書いたけどその先も何か国かの都市を回った。EUにノービザで滞在できる90日間ほぼフルに使ってヨーロッパで逃亡生活を送っていた。
フィンランドから船で渡ったのはエストニアのタリン。ヘルシンキから来るとだいぶ物価が安く感じられ、素朴な街並みがとても気に入った。Airbnbの部屋を1週間借りて普通の人の家で過ごしたのがよかった。バスにもよく乗った。
バスでバルト三国の次の国、ラトビアへ行く。
リガ旧市街のカフェ。
ほとんど人との交流がなく、心身に異常をきたした。彼が旅に合流するとかしないとかで鬱。空港でラトビアに行くなら隔離あると言われて結局来ない。
リガのアパートメントからの景色。細長く、ベッドと机のある部屋が気に入った。
錆びた鉄の橋を彩るマリーゴールド。
寒くなってきたからいやになって、夜行バスで8時間かけて次の国ポーランドはワルシャワに行くのもいやになって、飛行機で南国に飛んだ。
ヴィリニュスからコルフ島へはライアンエアーが出ていて私は格安だったのだが彼のいるドイツからは高くついてしまって、申し訳なかった。彼と合流した。
「名前の札を持っていて!笑」という彼のリクエストに応え、ノートに大きくMr○○と書き、空港でスタンバった。
私たちは入国前にオンライン申請と唾液の抗体検査(ランダム)があった。
トイレの便器にトイレットペーパーを流せないギリシャは「EUに加盟しているアジア」だった。無理してないでこっちの仲間に入れよと言いたい。
コルフ島で美味しかったものは白ワインとピタギロス。
彼と別れ、ひとりバスでテッサロニキに来た。ギリシャの文字が読めずバスに乗り遅れそうになる。
信号が青になってもちょっと待ってないと轢かれます。
少しずつドイツに近づいていく気になり、ポーランドはワルシャワへ。
ワルシャワという冷戦の響き、一度来てみたかった。
クレジットカードだけで生活できるか試そうとして現金を両替しなかったが早くも2日目でクレカがはじかれる。日曜休みの法律があるみたいで、日曜日は店が閉まっている。
両替所が至る所にあると、外国人がいるんだな、と思って安心しますね。
なんか、しゃべる人がいないなあって思いながら過ごしてた。いても次の日にはその人はどこかへ行ってしまう感じ。
冷蔵庫が日本製で珍しかった。
ドイツ、ベルリンで彼と合流することに。ポーランドとドイツ国境でJapan ist gut.と言われ顔パス入国。ドイツ入国の際、覚えた単語はBundespolizei。連邦警察。
風邪っぴき。
アル中と喧嘩した思い出のチャーリーチェックポイント。
難しい人、と言われて、それもおまえもな!
そのあと仲直りして、Apotheke(薬局)で喉の薬買ってもらう。
アル中に対して、私が何かできることはひとつ寝ているときは起こさないこと。
(起きたら飲むので少しでも飲む量飲む時間を減らしてほしい抵抗から)
滞在中ほぼ毎日(彼は一日2回以上)行ったアイリッシュパブ。
彼がベイリーズをショットグラスで私の分まで頼むので、やめてくれ、と思う。
隣のテーブルの婦人を見て、ベイリーズをオンザロックで頼む技を覚えた私。
店員さんに彼が"Bitte, Bitte.”と言われた。(Bitte/くださいをつけてオーダーしてよの意)
私は、彼の実家にいるのがちょっと苦痛なんです。みんなドイツ語でわーわーしゃべるから。私は勉強するときもあったけどしないときもあった。
落ち葉は落ちたまま、誰も掃かないのです。
彼は私がドイツを発った日を最後に酒を飲んでいない。車の免許も没収された。
次来るときには私はこの国の人になれるのだろうか。
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